竹宮惠子とは何者か?代表作・経歴・現在と花の24年組の功績を徹底解説
『風と木の詩』『地球へ…』という、ジャンルも表現も大きく異なる名作を生み出した漫画家・竹宮惠子。1970年代の少女漫画に新たな表現領域を切り開き、歴史漫画や企業の社史漫画、大学でのマンガ教育にまで活動の幅を広げてきた人物だ。
2026年現在、竹宮惠子は76歳。2025年度には文化功労者に選ばれ、半世紀以上にわたる創作活動と、漫画文化の発展に対する貢献が改めて評価された。京都精華大学の学長を務めた経歴もあり、漫画家として作品を発表するだけでなく、原画の保存や後進の育成にも取り組んできた。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 経歴:1950年に徳島県徳島市で生まれ、1968年に漫画家としてデビュー。2026年現在76歳。
- 代表作:『風と木の詩』と『地球へ…』で少女漫画の表現を広げ、SF、歴史、ファンタジーなど多彩なジャンルを開拓した。
- 花の24年組:萩尾望都、大島弓子、山岸凉子らと並び、1970年代の少女漫画の革新を担った作家の一人。
- 現在の活動:京都精華大学の名誉教授。2025年度文化功労者に選ばれ、漫画原稿の保存や作品の継承にも力を注いでいる。
- 創作の幅:『吾妻鏡』の漫画化や『エルメスの道』の制作を通じ、史料調査や企業文化の記録にも取り組んだ。
【竹宮惠子はどんな漫画家?】経歴・年齢・徳島時代から現在まで
竹宮惠子(たけみや・けいこ)は、1950年2月13日生まれの漫画家。徳島県徳島市に生まれ、小学3年生の頃に板野郡北島町へ転居した。幼い頃から漫画を描き、少女漫画から劇画まで幅広い作品に親しんだことが、後の創作活動の土台となった。
漫画家を志すうえで大きな刺激となったのが、石ノ森章太郎の漫画家入門書など、漫画制作の技術や考え方に触れる経験だった。高校時代には同人誌活動にも参加し、プロの漫画家を目指す意志を固めていった。
文化庁メディア芸術祭の作家紹介や出版社の著者プロフィールによると、竹宮は1967年に漫画雑誌『COM』へ投稿作品を発表し、1968年には『週刊マーガレット』新人賞で佳作に入選した『リンゴの罪』でプロデビュー。その後、徳島大学教育学部美術科に在学しながら漫画家としての活動を本格化させ、1970年には『森の子トール』の連載を機に上京した。
竹宮の経歴を理解するうえで重要なのは、最初から特定のジャンルにとどまらなかった点だ。少女漫画の枠内で恋愛や心理を掘り下げる一方、SF、歴史、冒険、ファンタジーへと題材を広げていった。その創作姿勢は、後年の企業漫画や古典の漫画化にもつながっている。
2025年10月には、政府が2025年度の文化功労者を発表し、竹宮もその一人に選ばれた。京都精華大学の同年11月の発表では、代表作の功績に加え、マンガ教育や原画保存の取り組みも紹介されている。2026年は、長年の仕事を作品単体だけでなく、漫画文化全体への貢献から評価する節目となっている。
【経歴年表】デビューから文化功労者選出までの主な歩み
竹宮惠子の活動を時系列で整理すると、作品の発表、教育機関での仕事、漫画文化の保存という三つの柱が見えてくる。以下は、出版社や京都精華大学などの公表資料をもとにまとめた主な経歴だ。
| 時期 | 主な出来事 | 意義・実績 |
|---|---|---|
| 1950年 | 徳島県徳島市に生まれる | 幼少期から漫画に親しみ、北島町でも創作を続ける |
| 1967年 | 『COM』への投稿作品が掲載される | 漫画家への道を歩み始める |
| 1968年 | 『リンゴの罪』でプロデビュー | 商業漫画家として活動を開始 |
| 1970年 | 『森の子トール』の連載を機に上京 | 東京を拠点に創作活動を本格化 |
| 1970年代前半 | 萩尾望都らと交流し、大泉サロンと呼ばれる創作環境を形成 | 同世代の漫画家たちが刺激を与え合う場となる |
| 1976~1984年 | 『風と木の詩』を発表 | 少年同士の愛や人間の内面を描き、少女漫画の表現を拡張 |
| 1977~1980年 | 『地球へ…』を発表 | SFを通して社会、差別、自由、人間のあり方を問い直す |
| 1978年 | 第9回星雲賞コミック部門を受賞 | SF漫画家としても評価を確立 |
| 1980年前後 | 『風と木の詩』『地球へ…』で第25回小学館漫画賞を受賞 | 異なるジャンルの代表作が高く評価される |
| 1994~1996年 | 漫画版『吾妻鏡』を刊行 | 歴史資料を踏まえた古典の漫画化に取り組む |
| 1997年 | 『エルメスの道』を発表 | ブランドの歴史と職人文化を漫画で伝える |
| 2000年 | 京都精華大学の専任教員に就任 | マンガ教育と研究に本格的に携わる |
| 2012年 | 第41回日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞 | 作品と漫画文化への幅広い貢献が評価される |
| 2014~2018年 | 京都精華大学の学長を務める | 大学運営とマンガ教育の発展に関わる |
| 2020年 | 京都精華大学を退職し、名誉教授となる | 大学での職務を終えた後も漫画文化の継承に取り組む |
| 2025年 | 2025年度文化功労者に選出される | 漫画家としての長年の功績が顕彰される |
受賞歴を見ると、竹宮は少女漫画の作家という評価だけに収まらない。『地球へ…』によるSF分野での評価、日本漫画家協会賞の文部科学大臣賞、紫綬褒章など、作品と漫画文化への貢献の両面から評価されてきた。
また、2025年度文化功労者への選出は、代表作が長く読み継がれていることだけでなく、マンガ教育や原画保存など、創作を次世代へつなぐ活動にも光を当てるものだ。
【代表作を徹底解説】『風と木の詩』『地球へ…』から『天馬の血族』まで
竹宮惠子の代表作を理解するには、作品ごとの題材の違いに注目したい。人間関係の深部を描く作品もあれば、社会全体の構造を問うSFもある。共通しているのは、登場人物の感情だけでなく、その人物を取り巻く制度や価値観にも踏み込んでいることだ。
『風と木の詩』――少年愛を描き、少女漫画の表現を変えた作品
『風と木の詩(うた)』は、1976年から1984年にかけて発表された長編作品。19世紀末のフランスを思わせる寄宿学校を舞台に、セルジュとジルベールを中心とする少年たちの関係を描く。
物語の軸となるのは、愛情、孤独、身分や階級、家庭環境、心に刻まれた傷など、単純な恋愛の枠では捉えきれない問題だ。美しい人物描写と繊細な心理表現の一方で、作品は人間関係の残酷さや社会の不均衡にも目を向けている。
当時の少女漫画では、女性読者の憧れを中心に据えた恋愛や成長の物語が広く親しまれていた。そうした時代に、少年同士の性愛を物語の中心に置き、登場人物の心理や身体、社会的な立場まで描き込んだことは、大きな表現上の挑戦だった。
現在のボーイズラブ(BL)を考える際にも、『風と木の詩』は重要な先駆的作品として語られる。ただし、現代のBLというジャンルがそのまま1970年代に存在していたわけではない。作品が切り開いた表現と、後年に形成されたジャンルの歴史は分けて考える必要がある。
『地球へ…』――SFを通じて社会と人間の自由を問う
『地球へ…(テラへ)』は、1977年から1980年にかけて発表されたSF漫画だ。コンピューターによる管理が進んだ未来社会を舞台に、人類と、超能力を持つ新人類「ミュウ」との対立を描く。
主人公のジョミー・マーキス・シンをはじめとする登場人物たちは、管理された社会の秩序と個人の自由の間で選択を迫られる。物語は、異質な存在への排除、社会の維持と個人の尊厳、進化と文明の関係など、SFならではの大きな問いを扱っている。
『風と木の詩』が個人の内面や親密な関係を掘り下げた作品だとすれば、『地球へ…』は社会制度や種の存続を見据えた作品だ。両作を並べると、竹宮が特定のジャンルだけを得意とする作家ではなく、人間の根源的な問題を異なる物語形式で表現する作家であることがわかる。
『地球へ…』は星雲賞コミック部門の受賞作となり、劇場版アニメーションにもなった。SF作品としての評価を通じて、竹宮の表現力は少女漫画の読者層を超えて広がっていった。
その他の代表作と作品一覧
竹宮の作品世界は、二つの看板作品だけでは語り尽くせない。歴史や神話を下敷きにした壮大な物語から、音楽や日常を扱う作品まで、テーマと作風の幅が広い。
- 『リンゴの罪』:1968年のプロデビュー作。漫画家としての出発点となった作品。
- 『森の子トール』:上京のきっかけとなった初期の連載作品。
- 『ファラオの墓』:古代エジプトを思わせる世界を舞台に、権力や運命、国家の興亡を描いた歴史・冒険漫画。
- 『イズァローン伝説』:王国や神話的な設定を取り入れた長編ファンタジー。
- 『アンドロメダ・ストーリーズ』:光瀬龍の原作をもとにしたSF作品。
- 『私を月まで連れてって!』:SF的な設定と人物同士の軽妙なやり取りを組み合わせた作品。
- 『変奏曲』:音楽を題材に、人物の生き方や関係を描いた作品群。
- 『天馬の血族』:広大な草原世界や馬をめぐる題材を取り入れた長編冒険ファンタジー。
- 『吾妻鏡』:鎌倉時代の歴史を伝える古典を漫画化した作品。
- 『エルメスの道』:フランスの高級ブランド、エルメスの歴史と職人文化を描いた企業漫画。
作品一覧から浮かび上がるのは、竹宮が自分の作風を一つに固定しなかったことだ。華やかな人物描写を生かした心理劇、世界設定を構築するSF、歴史資料を踏まえた漫画化、企業の歩みを伝える作品まで、題材に応じて表現の方法を変えてきた。
【花の24年組とは?】竹宮惠子と萩尾望都の関係、大泉サロンの実像
「花の24年組」とは、1970年代を中心に少女漫画の新しい表現を切り開いた、同世代の女性漫画家たちを指す呼び名だ。竹宮惠子のほか、萩尾望都、大島弓子、山岸凉子らが代表的な作家として挙げられる。
この呼び名は、厳密な会員資格を持つ団体の名称ではない。昭和24年前後に生まれた作家たちが同時期に登場し、従来の少女漫画の枠を押し広げたことから、後年の漫画史や評論で広く用いられるようになった呼称である。
なぜ「花の24年組」と呼ばれるのか
それまでの少女漫画では、恋愛や日常の感情を中心とした作品が大きな位置を占めていた。一方、この世代の作家たちは、SF、歴史、哲学、性愛、社会的な抑圧といった幅広い題材を持ち込み、人物の内面や世界観を複雑に描き込んだ。
竹宮の『風と木の詩』は少年愛と人間の心理を深く掘り下げ、『地球へ…』は未来社会の管理や差別をSFとして描いた。萩尾望都ら同世代の作家たちも、それぞれ異なる方法で少女漫画の表現を広げていった。個々の作家が異なる作品世界を築いたことこそ、この世代を漫画史上の大きな転換点として位置づける理由だ。
竹宮惠子と萩尾望都の関係――大泉サロンとその後
竹宮と萩尾の関係を語る際に欠かせないのが、1970年代初頭の「大泉サロン」だ。東京都練馬区の大泉周辺で二人が共同生活を送り、同世代の漫画家や創作者たちが出入りした環境は、少女漫画の歴史を語るうえで象徴的な場所となった。
同じ時代に漫画家として活動する二人が、日々の生活と創作を通じて刺激を与え合ったことは、後年の作品や回顧録からもうかがえる。大泉サロンは単なる共同生活の場ではなく、漫画家たちが表現について考え、新しい物語の可能性を模索する創作環境でもあった。
一方、二人の関係はその後、単純な「盟友」という言葉だけでは説明できないものになった。竹宮は2016年刊行の自伝『少年の名はジルベール』で当時の経験を振り返り、萩尾も2021年刊行の『一度きりの大泉の話』で自身の視点から大泉時代を語っている。
両者の回顧録には、それぞれが経験した出来事や受け止め方が記されている。創作上の刺激や憧れ、競争意識、距離を置くことになった経緯などを理解するには、どちらか一方の記述だけで全体を決めつけないことが大切だ。
この関係が注目されるのは、著名な漫画家同士の個人的な出来事だからという理由だけではない。才能ある作家たちが近い距離で暮らし、互いに影響を受けながらも、それぞれ固有の表現を確立していく過程が、創作の難しさと豊かさを伝えているからだ。
【吾妻鏡・エルメスの道】史料調査と取材で広がった創作活動の実態
竹宮惠子の創作活動をより深く理解するには、代表作として知られる少女漫画やSFだけでなく、1990年代以降の歴史漫画や企業漫画にも目を向けたい。ここでは、既存の資料を読み解くことと、取材によって対象の実像をつかむことが、作品づくりの重要な要素となっている。
『吾妻鏡』――鎌倉時代の歴史を漫画で読み解く
『吾妻鏡』は、鎌倉幕府の成立から中世の政治や武士社会を伝える歴史書として知られる。竹宮は、この古典を漫画化する仕事に取り組み、1994年から1996年にかけて中央公論社の「マンガ日本の古典」シリーズから全3巻を刊行した。
国立国会図書館の書誌情報でも、竹宮惠子による漫画版『吾妻鏡』の上・中・下巻が確認できる。2021年にはワイド版も刊行されており、古典を漫画という視覚的な表現に置き換える仕事として、現在も書誌上の記録が残っている。
歴史を漫画にする際には、事件や人物の関係を整理するだけでなく、読者が理解しやすい場面構成や人物造形へと変換する必要がある。史料の内容をそのまま絵にするのではなく、限られた紙幅のなかで、時代背景と物語の流れをどう結びつけるかが問われる。
竹宮は、古典や歴史の書き下ろし作品に取り組む過程で、史料を調べて制作する手法を深めていった。歴史漫画は、自由な想像力だけでは成立しない。資料を読み、時代の制度や価値観を理解したうえで、物語として再構成する作業が必要になる。
こうした仕事は、竹宮が人間の心理を描く作家であると同時に、既存の知識や文化を読者に伝える表現者でもあることを示している。
『エルメスの道』――ブランドの社史を漫画にした異色作
『エルメスの道』は、フランスの高級ブランド、エルメスの歴史を漫画で描いた作品だ。制作のきっかけは、当時のエルメス社長ジャン=ルイ・デュマが、日本の漫画という表現方法に注目し、ブランドの歴史や価値観を広く伝える企画を考えたことだった。
中央公論新社の関連資料によると、エルメスが創業以来大切にしてきた職人技や、鞍作りから始まった事業の歩みを伝えるため、漫画家として竹宮に依頼が寄せられた。乗馬を趣味とし、馬の姿や馬術への理解を持っていたことも、依頼につながる要素だった。
1997年に発表された作品は、一般的なフィクションとは異なり、企業の歴史や職人の仕事、ブランドを支える価値観を物語として伝える性格を持つ。そのため、通常の漫画作品とは違う読み味がある。物語性の強い作品を期待する読者にとっては、社史という題材自体が好みを分ける要因にもなった。
しかし、職人の技術や企業文化を漫画で伝えるという試みは、文章や写真だけでは伝わりにくい仕事の手触りや、人物の動きを視覚化する点に意味がある。漫画の用途を娯楽やフィクションに限定せず、知識や歴史を伝える媒体として活用した仕事といえる。
2021年の新版で試みたデジタル制作
『エルメスの道』は、2021年に新版が刊行された際にも話題となった。エルメスの歴史をその後の時代へとつなぐ内容が加わり、銀座メゾンなどの建築や、ブランドを支える職人たちの仕事にも焦点が当てられた。
2021年の『ELLE』のインタビューでは、竹宮がデジタル制作に挑戦した経緯を語っている。慣れないソフトを使いながら制作工程を組み立て、人物の多い場面も自ら描くなど、従来の制作方法とは異なるアプローチを試みた。
この制作過程は、長年の経験を持つ漫画家であっても、技術の変化に合わせて表現方法を更新できることを示している。紙とペンで積み重ねてきた技術を持ちながら、デジタルの利点を取り入れ、作品の完成に向けて方法を変える姿勢も、竹宮の創作活動を考えるうえで見逃せない。
『吾妻鏡』と『エルメスの道』は、題材こそ異なるが、共通点がある。既存の資料や取材対象を理解し、読者が追体験できる形に整理し直すことだ。竹宮の漫画家としての活動は、物語を生み出すことに加え、歴史や文化を視覚的に伝える仕事にも広がっている。
【京都精華大学の学長を務めた竹宮惠子】教育・原画保存・現在の活動
竹宮惠子は、2000年に京都精華大学の専任教員となり、マンガ学科の教育に携わった。2008年にはマンガ学部長、2014年には学長に就任し、2018年に学長を任期満了で退任している。2020年3月には大学を退職し、同年4月に名誉教授の称号を授与された。
したがって、2026年現在の竹宮を「京都精華大学の現役学長」と紹介するのは正確ではない。学長を務めたのは2014年から2018年までであり、その後は名誉教授として、大学で培った経験や漫画文化の継承に関わっている。
漫画家の経験を教育制度へ還元
竹宮の大学での仕事は、学生に漫画の描き方を教えることだけではなかった。京都精華大学の発表では、マンガ教育の体制づくりに取り組み、学生の指導や研究活動を通じて、漫画を学問・教育の対象として扱う基盤の形成に関わったことが紹介されている。
漫画家は個人の才能や経験に依存する仕事と思われがちだが、制作技術、構成、資料の扱い、原稿の管理など、言語化して共有できる知識も多い。実際に作品を生み出してきた作家が教育に関わることで、現場で培われた技術や判断を次の世代へ伝えやすくなる。
2012年には、日本漫画家協会賞の文部科学大臣賞を受賞。2014年には紫綬褒章を受章している。こうした評価には、作品の完成度だけでなく、漫画家としての活動や漫画文化への貢献も関係している。
原画を後世に残す「原画’(ダッシュ)」プロジェクト
漫画の原画は、紙やインクなどの素材の性質から、光や時間の経過による退色・劣化を避けにくい。展示や公開の機会を増やせば、保存面での負担が大きくなるという問題もある。
竹宮は2001年から、京都精華大学国際マンガ研究センターや京都国際マンガミュージアムと連携し、原画の保存と公開を両立させる「原画’(ダッシュ)」プロジェクトに取り組んできた。これは、原画に近い精度を持つ複製原画を研究・制作し、貴重な漫画資料を後世へ伝えるための活動だ。
この取り組みが重要なのは、漫画を完成した作品として読むだけでなく、制作された時代の文化資料として残す視点を示している点にある。原画の線や色、制作技法を記録し、研究や展示に活用できる状態を維持することは、漫画史を次の世代が検証できるようにすることにもつながる。
竹宮惠子の現在――76歳を迎えた2026年
2026年10月現在、竹宮は76歳。2025年度文化功労者への選出後も、作品や漫画文化を伝える活動が注目されている。京都精華大学の発表では、大学退職後も展覧会の監修や個展の開催、漫画を後世へ伝えるプロジェクトなどに取り組んでいることが紹介された。
また、2026年1月の徳島新聞の新春インタビューでは、乗馬を長く楽しんできたことや、その魅力について語っている。馬への関心は、馬が重要な題材となる『天馬の血族』や、馬具の職人文化を描いた『エルメスの道』を理解するうえでも興味深い背景だ。
現在の竹宮を理解する際には、「大学の学長だった漫画家」という過去の肩書だけに注目しないことが大切だ。創作、教育、資料保存という複数の活動を通じて、漫画を描く仕事と漫画文化を未来へ残す仕事の双方に関わってきた点が、その歩みの特徴である。
【プロの結論】竹宮惠子の漫画家としての評価をどう見るべきか
竹宮惠子の功績を評価する際、代表作の知名度だけで判断すると、その仕事の全体像を見落としてしまう。より深く理解するためには、次の三つの視点が役に立つ。
1.ジャンルを横断しながら、人間の根源的な問題を描いた
『風と木の詩』と『地球へ…』は、物語の舞台も登場人物も大きく異なる。それでも、他者との関係、自由と抑圧、社会が個人に求める役割といった問題が、作品の中心にある。
前者では人間関係の親密さや傷つきやすさを、後者では社会制度と個人の自由の衝突を描いた。異なる題材を扱いながら、人物を取り巻く環境とその内面を結びつける点に、竹宮作品の一貫性がある。
2.漫画を娯楽だけでなく、知識や歴史を伝える媒体として活用した
『吾妻鏡』では古典の漫画化に取り組み、『エルメスの道』では企業の歴史と職人文化を描いた。さらに、大学での教育や原画保存にも関わっている。
これらの活動は、漫画が物語を楽しむための媒体であると同時に、複雑な情報を視覚化し、歴史や文化を伝える手段にもなり得ることを示している。漫画の表現力を社会のさまざまな場面に応用してきた点も、竹宮の評価を支える重要な要素だ。
3.個人の作品を、漫画文化全体の財産へつなげた
原画保存の取り組みやマンガ教育への参加は、一人の漫画家のキャリアを超えた仕事である。原画を残すことは、未来の読者や研究者が作品を読み直し、当時の表現技法や出版文化を検証する機会を守ることでもある。
2025年度の文化功労者への選出は、こうした長年の活動を含めて竹宮の仕事が評価された節目といえる。代表作の人気、ジャンルの開拓、教育、資料保存を切り離さずに見ることで、竹宮惠子が漫画文化に残した影響をより立体的に理解できる。
どの作品から読むべきか
初めて竹宮作品に触れる読者は、興味のあるテーマから選ぶとよい。人物の心理や人間関係を深く読みたいなら『風と木の詩』、SFを通じて社会や自由の問題を考えたいなら『地球へ…』が入り口になる。
冒険や歴史、世界観の構築に関心がある人には『ファラオの墓』『イズァローン伝説』『天馬の血族』も候補となる。歴史資料や企業文化を漫画で読み解くことに興味があるなら、『吾妻鏡』や『エルメスの道』を読むことで、代表作とは異なる竹宮の表現力に触れられる。
一方、どの作品にも共通するのは、読みやすさだけを優先した物語ではないということだ。人間の複雑な感情や社会の仕組みを描く作品では、重いテーマや時代背景を理解する必要がある。作品の題材と自分の関心を照らし合わせて選ぶことが、竹宮作品の魅力を知る近道になる。
【竹宮惠子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:竹宮惠子は2026年現在何歳ですか?
A1:1950年2月13日生まれのため、2026年10月現在は76歳です。徳島県徳島市出身で、1968年に漫画家としてプロデビューしました。
Q2:竹宮惠子の代表作は何ですか?
A2:代表作として特に知られるのは『風と木の詩』と『地球へ…』です。そのほか、『ファラオの墓』『イズァローン伝説』『天馬の血族』『アンドロメダ・ストーリーズ』なども主な作品に挙げられます。
Q3:竹宮惠子は現在も京都精華大学の学長ですか?
A3:いいえ。2014年から2018年まで学長を務め、2020年3月に大学を退職しました。同年4月に名誉教授の称号を授与されています。現在も漫画文化の継承や展覧会などに関わっています。
Q4:竹宮惠子と萩尾望都はどのような関係ですか?
A4:二人は1970年代初頭に共同生活を送り、大泉サロンと呼ばれる創作環境を形成した同世代の漫画家です。その後の関係については、竹宮の『少年の名はジルベール』と萩尾の『一度きりの大泉の話』にそれぞれの視点が記されています。
Q5:『吾妻鏡』や『エルメスの道』も竹宮惠子の作品ですか?
A5:はい。竹宮は1994~1996年に漫画版『吾妻鏡』を全3巻で刊行し、1997年にはエルメスの歴史を描いた『エルメスの道』を発表しました。歴史資料や企業文化を漫画で伝える仕事も、創作活動の重要な一部です。
まとめ:竹宮惠子が漫画史に残した功績と今後につながる価値
竹宮惠子は、『風と木の詩』によって少年愛や人間の内面を描く表現を押し広げ、『地球へ…』によってSF漫画の可能性を広げた漫画家だ。「花の24年組」の一人として1970年代の少女漫画を変革しただけでなく、歴史漫画や企業漫画、マンガ教育、原画保存など、活動の領域を長年にわたって広げてきた。
2026年現在76歳。2025年度文化功労者への選出は、代表作の評価に加え、漫画文化全体への貢献を改めて示す出来事となった。京都精華大学での教育活動を終えた後も、展覧会や文化継承の仕事に携わっている。
竹宮惠子を知るうえで大切なのは、『風と木の詩』の作家という一つのイメージだけにとどまらないことだ。SF、歴史、ファンタジー、企業の記録という異なる領域を横断しながら、人間と社会を描き続けてきた。その創作の幅こそが、竹宮惠子の漫画家としての評価を支える最大の理由である。 (出典: 竹宮惠子(Yahoo!ニュース))